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山形地方裁判所 昭和58年(ワ)322号 判決 1985年7月02日

原告

阿部實

ほか三名

被告

深瀬幸敏

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告阿部實に対し、二一二八万五〇〇〇円及びうち一九二八万五〇〇〇円に対する昭和五八年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告阿部圭子、同阿部昌義及び同阿部朋巳に対し、各六一九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言の申立

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五七年一〇月二二日午後二時一〇分ころ

(二) 場所 上山市仙石字大免七四二番地先農免道路交差点

(三) 加害車 普通乗用自動車(山形五六と六七一五、以下「加害車」という。)

右運転者 被告 深瀬幸敏

被害車 原動機付自転車

右運転者 訴外阿部敏子(以下「敏子」という。)

(四) 態様 被告深瀬幸敏運転の加害車が南から北へ向かつて進行中、前記交差点を東から西へ向かつて進行中の被害車の側面に加害車の前部が衝突し、被害車が転倒したもの

2  責任原因

(一) 被告深瀬は、自動車の運転者として、前記交差点にさしかかる際、同所が道路標識によつて、一時停止すべき場所に指定されているにもかかわらず、右道路標識を見落とし、右交差点の手前で停止せず毎時五〇キロメートルの速度で進行した過失がある。

(二) 被告会社は、本件事故当時加害車を所有し、被告深瀬に加害車を使用させていたものであるから、加害車の運行供用者として自賠法三条による責任を負う。

3  損害

(一) 敏子(事故当時三八歳)は、本件事故により、両下肢、右前膊、左手挫傷、胸部打撲、左膝蓋骨骨折、右第六肋骨骨折の各傷害を受け、右傷害がもとで昭和五八年五月二二日、急性呼吸不全、脳梗塞により死亡するに至つた。

(二) 原告阿部實は、右敏子の夫であり、原告阿部圭子、同阿部昌義及び同阿部朋巳は、原告阿部實と右敏子との間の子である。

(三) 右敏子の死亡によつて原告らの蒙つた損害は、以下のとおりである。

(1) 逸失利益 二五一七万円

右敏子は、本件事故当時家庭の主婦であり、かつ、臨時店員として毎月七万円の収入を得ていたが、逸失利益の算定につき、昭和五七年度賃金センサス第一表による。

イ 就労可能年数 三八歳から六七歳まで二九年間

ロ 平均給与額(年収) 二〇三万九七〇〇円

ハ 生活費控除 三割

ニ 中間利息控除 新ホフマン式(係数一七・六二九三)

ホ 算式

2,039,700円×(1-0.3)×17.6293-25,170,000円(1万円未満切捨て)

(2) 慰藉料 一二〇〇万円

(3) 右(1)及び(2)の原告らの相続分

原告阿部實 一八五八万五〇〇〇円

その余の原告ら 各六一九万五〇〇〇円

(4) 葬儀費用 七〇万円

原告阿部實分

(5) 弁護士費用 二〇〇万円

原告阿部實分

4  よつて、被告深瀬幸敏に対しては民法七〇九条により、同株式会社深瀬工業所に対しては自賠法三条により、各自、原告阿部實に対して二一二八万五〇〇〇円及びうち一九二八万五〇〇〇円に対する敏子死亡の翌日である昭和五八年五月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告阿部圭子、同阿部昌義及び同阿部朋巳に対し各六一九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年五月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告ら主張の日時場所で本件事故が発生したことは認める。

2  同2の(一)の事実は否認する。

3(一)  同3の(一)のうち、被害者の死亡と本件事故との間に因果関係があるとの点は否認する。

被害者の死亡は急性呼吸不全、脳梗塞であつて、本件事故によるものとは到底考えられない。

(二)  同(二)及び(三)の各事実は不知

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  昭和五七年一〇月二二日午後二時一〇分ころ、上山市仙石字大免七四二番地先農免道路交差点において本件交通事故が発生したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二ないし第五号証によれば、請求原因1のその余の事実が認められる。

二  本件交通事故と敏子の死亡との間の因果関係の存否について

1  右のとおり、本件事故が発生したのは昭和五七年一〇月二二日であるが、成立に争いのない甲第八号証及び同第二三号証並びに原本の存在及びその成立に争いのない甲第一八号証及び同第三〇号証によれば、敏子は昭和五八年五月二二日午後六時四五分ころ、上山市内にある入院先の小林病院で突然意識消失、右片麻痺を来し、転送先の山形県立中央病院において急性呼吸不全のため同日午後一一時五八分死亡したことが認められる。

2  そこで、本件事故と敏子の右死亡との間に因果関係が存するか否かについて検討を加える。

前記一において認定した事実、前掲甲第八号証、同第一八号証、同第二三号証及び同第三〇号証、成立に争いのない甲第六号証の一ないし八、同第七号証の一、二及び同第二五号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一〇号証、同第一三ないし第一七号証及び同第一九号証並びに原告阿部實本人尋問の結果を総合すると、以下の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  敏子は、本件事故により、両下肢、右前膊、左手挫傷、胸部打撲、左膝蓋骨骨折、外傷性頸部症候群の各傷害を負い、本件事故直後高橋外科病院に入院し、昭和五七年一一月二九日退院したが、右傷害は特に右肩、右前膊部、左手、両膝に受け、右肩、右上膊は腫張し、また敏子は本件事故の翌日から胸痛を訴え、呼吸に際し胸痛が強く、そのため顔に苦悶の表情が現われるほどであり、同年九月二八日には悪心、嘔吐、胸内苦悶があつたが、同年一一月一日ころには、右胸痛及び胸内苦悶は減少し、同月二九日左膝疼痛等の愁訴が減少したため退院した。

(二)  その後、敏子は、右高橋外科医院に通院し、前記膝蓋骨骨折部位等の超短波療法を受けるなどしていたが、胸部痛は消失せず、昭和五八年四月下旬ころから、再び胸部痛が激しくなり、同年五月六日に山形大学医学部附属病院整形外科に受診し(その際の診断によれば、敏子は左膝、右胸の痛みを訴えたが、診察時の症状の程度はさほど重大でなく、四肢体幹機能も悪くなく、経過観察することとされた。)、更に同日上山市内にある小林病院に受診し、右胸痛、頸部痛、頭痛を訴え、加療によつても症状の軽快がみられず、同月九日同病院に入院した。敏子は右病院に入院したのちも、胸痛、背部痛を訴え、不眠を伴うほどであり、また、同月一五日には上気道炎症状が出現したが、同月一七日には右上気道炎症状は消失した。そして、同月二〇日、二一日と発熱、微熱、咳、痰があり、同月二二日午後六時四五分ころになつて急に意識消失があり、右片麻痺を来し、喘息、呼吸頻数、頻脈を伴い、同病院では直ちに静脈を確保するなどし、脳梗塞、気管支喘息の疑いで、山形県立中央病院に転院させた。

(三)  右転院により、山形県立中央病院脳神経外科森修一医師らが敏子の治療にあたつたが、敏子には、既に昏睡に近い意識障害、右上下肢麻痺、呼吸抑制がみられ、気管内挿管等を施行し補助呼吸をしたが状態の改善がみられず、血圧低下、心停止を来し、急性呼吸不全により同日午後一一時五八分死亡した。

(四)  前記小林病院の小林進医師の診断によれば、右入院中行つた胸部レントゲン撮影、心電図検査、赤沈検査、肝機能検査の結果、敏子の右第六肋骨に骨折線がみられるほか所見はなく、検査結果は正常であり、右骨折線についても、敏子の訴える胸痛部位と異なり、かつその程度も医学的にはほとんど問題はないとされている。

また、前記山形大学医学部附属病院では、胸部レントゲン撮影の結果肺浮腫のような所見がみられたが、CT検査では異常所見がみられなかつた。そして、前記森医師の診断によれば、敏子の直接の死因は急性呼吸不全であり、軽度の肺炎と脳梗塞のため、前記のような症状、状態に陥つたものである。

3  以上認定したとおり、敏子は本件事故直後から胸痛、背部痛を訴え、死亡直前まで一時軽快したことはあるにせよ右痛みは持続しており、また原告阿部實本人尋問の結果によれば、敏子は本件事故前は健康で右のような痛みを訴えたことはなかつたことが認められるが、右事実と前記認定の本件事故の態様、本件事故による傷害の部位、程度、治療経過等に照らしても、本件事故と敏子の死亡との間に因果関係があるものと推認することはできず、そして、右胸痛、背部痛の医学的原因を確定しうる証拠はなく、かつ、右胸痛、背部痛、本件事故による胸部打撲その他の本件事故による前記の傷害が敏子の死因である急性呼吸不全や前記の脳梗塞、肺炎の原因となつていることを認めるに足りる証拠はない。結局、本件全証拠によつても、本件事故と敏子の死亡との間に因果関係があることを認めることはできない。原告阿部實本人の供述中には、前記森医師が原告實に対し、敏子が胸部を強度に打撲するなどしたため胸部に水がたまり、そのため呼吸困難となつたこと、また呼吸ができなくなると三〇秒以内に脳の障害が出現する旨説明したとの部分があるが、前掲甲第三〇号証の右森医師作成の診断書には、肺炎は軽度である旨、また本件交通事故(右診断書には昭和五七年一一月ころ交通事故が発生した旨の記載があるが、右は本件事故を指すものと認められる。)と敏子の疾病との関連は不明である旨記載されており、右に照らし、前記原告阿部實の供述部分は、本件事故と敏子の死亡との間に因果関係を認める証拠として採用することはできない。

4  以上の事実によれば、敏子の死亡が本件事故によつて受けた傷害によるものであり、本件事故と敏子の死亡との間に因果関係があるとの原告の主張は理由がない。

三  以上の次第で、本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内民生)

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